ノギンの泡沫投資日記

50代、年間配当40万弱…そんな年齢でそんな額? と知りつつも殖やしたいブログ。

「人生初めての老い」を満喫するために再雇用延長を断った人


自分の勤め先は少人数ながら平均年齢がそこそこ高くて、毎年いくばくかの定年退職者があります。

ほとんどの方は退職前、「働くのはもう十分だから再雇用はいらない」と語りますが、気がつくと再雇用されていることが多いです。

勤務先の違いで滅多に会わなかった独身のAさんもその一人でした。
やはり再雇用には乗り気でなかったですが、席も名簿もそのままで仕事にあたりました。
ですが、Aさんは1年間で再雇用を終了します。

そのしばらく前に語っていたことが印象的でした。


「俺はいま、人生初めての老いを体験しているところだ。
 これはよく味わって、満喫しないと駄目だ。
 仕事をしていたら、一度きりの老いを殺してしまうことになる」


お金はなんとか年金まで逃げ切れるのだと。
できることに縋るのではなく、出来なくなってゆくことを体験しながら、人生を味わうのは今しかできないんだと力説していました。

見えなくなる。動かなくなる。思い出せなくなる。
それらは再雇用の年齢になる前から、自分にも始まっています…。
でも、その先の体験もこれから続々とやってくる。

老いを真正面から捉えようとする、Aさんのポジティブな捉え方に目を見張りました。



 

大事なことを選択するためのお金

自分の勤め先は中小企業で、退職金など僅かです。
何も準備がなければ、「年金まで逃げ切れる」ような額ではありません。
逃げ切った後の年金が甚だ不安であることも周知の通り。

Aさんが「金なんか、使い切ってなくなってしまえ」と言って強気でいられるのは、聞くとやはり個人年金積立や株式の裏付けがあってのことだったのです。

それは全然多いわけではない。単独で暮らせもしない。
余裕などないが、自分の思う体験ならタダで出来る、生きるだけだ、とAさんは言いました。

その生きるだけが曲者だ、と今は考えてしまう自分。
Aさんの境地には至れていません。

人は仕事より重視したいものに気づいたとき、どう行動するでしょう。
ひとつ言えるのは、その選択肢にお金が深く関わっているということ。
Aさんのように、迷いなく「生きるだけだ」と言い切って後悔しない分のお金を、自分は見切れているだろうか。

定年までの考え事の中に、またひとつそんな問いが落ちてきました。